社会的弱者に対する不謹慎問題|本当に差別しているのは誰か?

社会的弱者に対する不謹慎問題|本当に差別しているのは誰か?

ヤフーニュースで、とあるユーチューバーが「アルビノになりたい」と言って炎上したという記事を読みました。

アルビノとは先天的にメラニン色素が少ない・または全く作れない人のことで、髪の毛が白かったり肌が白い、紫外線に弱いと言った特徴を持っているそうです。

聞いたことはありましたが、記事でこういう方の写真を初めて見ました。

 

それはさておき、「こういう記事を読むのはもう何度目だろうな」と思います。

最近は社会的弱者に対する「不謹慎発言」なニュースがあふれていますよね。

あまりに多すぎる。

これで得しているのはどんな人なのでしょうか?

腫れ物を触るように扱われるのは一番辛い

私はこのような不謹慎問題のほとんどで「差別だ」「不謹慎だ」と言っている方に問題があると思っています。

コンテンツ製作者に差別意識などがあればもちろん話は変わってきますが、そうでないことの方が今時多いですよね。

私が「差別だ」「不謹慎だ」と騒ぐ人に言いたいのは、「そうやって腫れ物に触るように扱われる方が当事者にとって辛いからね?」ということ。

 

私はプロフィールでも書いていますが、昔ケースワーカーという仕事をしている時に病気になってしまいました。

心の病気です。

その当時の、私の勤務先は精神科病院。

もちろん、職場は心の病気のエキスパートばかりです。

 

しかしそんな専門の人でさえ、私が病気であることが分かると、少し態度が変わってしまうのです。

これまでと違う優しい口調で、これまでよりも微妙に距離感がある感じ。

まさに“腫れ物に触るような態度”に私は内心結構ショックだったのを覚えています。

(これまで通りにはもう接してもらえないんだなぁ)と感じました。

 

専門的な人さえもこれなので、普段の生活の中で社会的弱者やマイノリティと関わる機会が少ない人にとっては、「特別な人」「変わった人」って認識が強いですよね。

でも一部が人と違うだけで、本質的な部分は普通の人と何も変わりありません。

私も病気になった後にどれだけ「いやいや、普通やん」とツッコまれたことか…。

これは実際に会って話してみないと分からない部分も大きいですけどね。

 

話を戻すと、社会的弱者やマイノリティの話題がNGというのは、このような腫れ物扱いと同義だと思います。

こういう話題に触れる機会が少ないといつまで経っても、社会的弱者の特性・正体が分からないままです。

分からないと人は恐怖を感じ、それが差別や無駄に配慮しすぎる逆差別につながってしまいます。

ですから一般的な話題と同じように、配慮しすぎず普通に扱ったら良いのではないでしょうか?

 

そうでないといつまでも一般の人は「あの人は○○だから…」と腫れ物扱いを続けるでしょう。

これでは社会的弱者はいつまで経っても、普通の人と同じ生活ができません。

特別扱いされたい人達もいる

しかし、「差別だ」「不謹慎だ」と言っている人の中には、同じような立場の社会的弱者もいるのが厄介なところです。

このような人は、腫れ物扱いに慣れ過ぎて普通の生活を放棄し、特別扱いしてもらいたい人達です。

例えば障碍者であれば、「なんでもやってもらって当然」と思っているような人ですね。

福祉の仕事をしていると、こういう人も割と見ます。

 

こういう人は声高に「差別だ」「不謹慎だ」と騒ぎます。

なぜなら一般的な存在になってしまうと、特別扱いがなくなってしまうから。

でも、社会的弱者の方が一般の人より上になってしまうのは、それはそれで問題ですよね。

なんでもかんでも「差別だ」「不謹慎だ」と言う一般の人は、こういう特別扱いで甘い汁を吸っている人を増長させる原因にもなっている、ということを自覚してもらいたいです。

 

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結局一番の被害者は一般の生活に戻りたい社会的弱者

不謹慎問題でなんでもかんでもタブーにされ、一番不幸になってしまうのは一般の生活に戻りたいと願う社会的弱者です。

逆に得をするのは、社会的弱者であることを武器に特別扱いされたいと思う人。

あなたが応援したいのはどちらですか?

よく考えてみてください。

 

そして、もしあなたが社会的弱者と言われる人達と出会う機会があれば、是非身構えず”普通に”接してみてください。

相手にとってはそれが一番ありがたいはずです。